夫婦で描くのは、昔から変わることのない伝統。

 作業場に所狭しと置かれた提灯は、伝統工芸品である“八女提灯”。花鳥風月の繊細な図柄は“速描”という独特の技法を使い、ひとつ一つ手で描かれている。速描とは、例えば花を描く場合、花弁、葉、葉脈などいくつかの工程に分け、同じものを連続して描くことで効率よく描いていく技法のこと。「下描きは一切しません。エアブラシを使うこともありますが、基本は筆で直接提灯に描いていきます」。そう語るのは絵付け職人の樋口万亀さん。奥さんの千鶴子さんと夫婦で絵付け作業を行い、1日約30個の提灯を仕上げる。「もともとは関東でふすま絵を描いていました。八女に戻ってきた時に提灯の絵を描いてみないかと言われ、夫婦一緒に弟子に入ったんです」。作業場では、万亀さんのすぐそばで、千鶴子さんも一緒に作業を行う。「弟子に入る前までは、絵なんて一切描いてなかったんです」。そう語る千鶴子さんは手慣れた様子で繊細な絵柄を素早く描いていく。その手つきは、弟子に入ってかれこれ30年という年月を物語っている。図柄によっては何十工程にもなるという工程をこなせるのは、夫婦で共に描いているからこそ。絵付け職人と、職人を支える人の手によって、伝統の技術が守られている。


ほとんどの柄はすべて職人が考えて描く。今年のテーマは昆虫や動物を潜ませた「隠し絵」。よく見ると、葉っぱの間にかわいいてんとう虫が潜んでいる。
灯をともすと絵柄がぼんやりと浮かび上がり、その繊細さが際立つ。
竹の骨の段や湾曲した面が描きづらそうな提灯だが、樋口さんは迷いのない手つきで美しい輪郭を描いていく。
この道30年の樋口万亀(ばんき)・千鶴子(ちづこ)夫妻。

Profile

工房 零 樋口万亀・千鶴子夫妻(こうぼうぜろ ひぐちばんき・ちづこ)
国指定の伝統的工芸品「八女提灯」の絵付けを行う樋口夫妻。万亀さんはふすま絵師の経歴を持ち、背景にエアブラシを用いるなど独自の世界観を描いている。

写真=石川博己 文=原口昌子