活版印刷から生まれるものづくり。

 日々移りゆく、時間の流れと時代の変化。私たちは新しいものを受け入れ、古くなったら捨てるという社会の仕組みに疑問を抱くことも少なくなった。けれど、だれかが声を上げれば、そこに再び光が射すこともあるのだ。
 ここ数年、全国的にもじわりと人気を集めている活版印刷は、活字を組み合わせた版にインキをつけて印刷する昔ながらの印刷技術。20年程前まではごくスタンダードなものだった。しかし、パソコンなどのデジタル製品が台頭し、印刷技術も発達した現在ではその姿を見ることはほとんどない。思いもよらない文字の擦れやズレ、凹凸を帯びた紙の雰囲気。紙から伝わる温もり。ふだん、きれいであることが当たり前の印刷物に見慣れている私たちの目には新鮮で、だけどどこかに懐かしさを覚える。
 ここ福岡でも、そんな活版印刷に再びあかりを灯し始めた人がいる。置き忘れてしまった大切なものを求めて、ある印刷所を訪ねてみた。

印刷少年だった頃の記憶

 今からさかのぼること60年程前、当時小学生だった少年は活版印刷所を営む家業の手伝いに励んでいた。自分の背よりも高い活字の棚の中から文字を拾い集めることもあれば、無い文字を求め、自転車で近所の活字屋さんまで活字を買いに行くこともあった。
 鳥飼5丁目商店街の一角に、『文林堂』という創業40年になる小さな印刷所がある。その少年こそ文林堂の生みの親、山田善之さんだ。奥様と二人で働いているというには広すぎる工場には、インキや灯油の匂いが入り雑じり、さまざまな紙や資料がそこかしこに置かれている。入ってすぐ目に入るのが、古い活字が収納されている可動式の大きな棚。その周りにはいくつもの活字が、無造作に置いてある。日常の業務で使っている数台のコンピューターや最新式のコピー機があるかと思えば、その奥には博物館から出てきたような、かなり古い手動の活版印刷機が2台ある。新・旧が混在する不思議な空間だ。
 “人の手から生まれる温もりのあるものをつくりたい”10年程前からそんな想いがふつふつと山田さんの中で沸き上がっていた。それは家業を手伝っていた少年時代に、立ち返る瞬間でもあった。


活版印刷の元になる組版。文字を組み、サイズを合わせて作っていく。この佇まいが荘厳。持ってみると、びっくりするほど重い。

パソコン上でデザインしたものを、亜鉛板に焼いてプレスしたもの。これも活版印刷の版になる。
明治時代のものと思われる手フート(※足踏み式の『フート印刷機』が改良されさた手動式。)の活版印刷機。
活字の他にも、木彫りの判子もある。昔はこれもすべて一つひとつ手で彫っていたというから驚きだ。
活字が収められている可動式の棚。この大量の文字の中から、使いたい文字を選んでいく。

活版印刷への想い

 創業当時、時代はオフセット印刷へと移行していた。「家にあった活版印刷の道具一式は、自分で処分してしまったんです。20名近いスタッフを雇い、機械をフル稼働させ、量産していたこともありました。人をたくさん雇うことで印刷そのものよりも、経営に力を注がなくてはならなくなってしまったんです」。めまぐるしい時代の変化の中で立ち止まるのは容易なことではなかった。
 その後バブルがはじけ、印刷業界にとって厳しい時代がやって来る。「創業当初と同じように妻と二人だけの体制に戻しました。それからは、自分がやりたかった印刷の仕事を少しずつできるようになりましたね」。
 この頃から活版印刷への想いも徐々に膨らんでいった。「人を頼りに、活版印刷の道具を探し始めました。付き合いのあった伊万里の活版印刷所から、もうずっと使われずに倉庫に眠ったままだった道具の一部を譲り受けたんです。設備としては不十分ですが、あるものを使い自由な発想で作っていければいいと思っています」。
 そして身近にいた印刷所やデザイナー、大学教授といった、印刷に興味のあるに人々に声をかけ『カッパン倶楽部』は生まれた。


文選/気の遠くなるような数の活字の中から、使う文字をサイズ違い、書体違いで選んでいく。初心者にはひと苦労だ。
植字/選んだ文字を、紙のサイズに合わせて組んでいく。文字間のスペースには、「コミ」と呼ばれる金属をはめ込む。
インキの準備/インキの色を調整する。2色の場合は、1色刷った後、きれいにインキを拭きとってからまた別の色を重ねていく。
印刷/紙の位置を調整し、一枚ずつ手で印刷していく。押す力の加減によって微妙に文字が濃くなったり、擦れたりする。
完成/凹凸を帯びた紙の雰囲気や、文字の擦れに愛着がわく。一枚一枚に押されている想いが、紙を通して伝わってくる。

ものを大切にすること

 「ただ集まって活版談義をすることもあれば、大学の教授にお話をしてもらったこともあります。メンバーになる条件は活版印刷が好きであること。入りたい人は誰でも入れますよ」。そう言って笑う山田さんは、オフセット印刷の仕事をメインにしながらも、その合間に手仕事による印刷の楽しみを模索している。
 「ものを大切にしたい、捨てるようなものを商品としてまた使いたいという想いが根底にあります。そんな意識を共有できるデザイナーと一緒に商品開発にも取り組んでいますよ。例えば、普通ならそのまま捨てられてしまうような梱包用の段ボールを使って、タグを作ってみたり。他の印刷物の残り紙で名刺を作ってみたり」。
 ゴミ箱へ入れてしまえばそこで終わってしまうけれど、活版印刷ならその前にもう一度命を吹き込むこともできる。量産した分たくさんのゴミを生む、そんな時代を見てきたからこそ辿り着いたのは“ものを大切にしたい”という想いだった。


空き箱のダンボールを再利用して商品タグに。一枚一枚刷れる活版ならではのアイデアだ。


活版印刷から広がる輪

 山田さんの元には、新しい試みを模索しているデザイナーや、活版印刷の技術を引き継ぎたいという若者がたびたび訪れる。「いつかここを、活版印刷の体験ができる場所にしたいんです。ここに来たら何か面白いことがあるからと、気軽に立ち寄ってもらえるような」。そんな話をしていた矢先、近所の高校生が「体育祭で使う型紙をコピーさせてください」と駆け込んで来た。
 「お金を出せば何でもできる時代だからこそ、人と人との繋がりを大切にしていきたいんです」。そうやって嬉しそうに話す山田さんの目は、少年のようにきらきらと輝いている。
 「活版印刷を通して自分の手でつくることの楽しみや喜びを見つけて欲しいですね」。
 丁寧であること、そして自分が楽しむこと。活版印刷から生まれるものづくりには、ものを慈しみ創造する喜び、そして一文字一文字に込められた大切な想いがあった。


Profile

山田善之(やまだよしゆき)
創業40年になる印刷会社・文林堂を営む傍ら、活版印刷を通して手仕事による印刷の楽しみを広めようとカッパン倶楽部を立ち上げ、昔ながらの温もりのある印刷物を生みだしている。ワークショップや工場見学もできる。
住/福岡市城南区鳥飼5-2-18
問/092-851-9531 kappan@bunrindo.co.jp
PAPERI|紙と印刷 http://paperipaperi.com/

写真=柳田奈穂・松岡紗央 文=加治屋愛子