日々たんたんと。
回転を続ける水車と、馬場さんの生活。


馬場水車場/馬場猛・千恵子さん

 現在発刊中「ちくごの手仕事」。筑後地方の歴史あるものづくりから、歴史を受け継いだ新たなものづくりまでを紹介した書籍です。
 およそ20の工房・アーティストさまにご協力いただき完成しました。その中から今回は、水車の動力を用いて杉の葉を粉砕し、杉粉を作っている馬場水車場をご紹介します。材料集めから粉砕作業、天然素材にこだわった線香作り。夫婦2人で長年続けてきた仕事、その1日に密着しました。

時代は変わっても移ろわない、水車の魅力

 毎朝7時半から、午前11時まで。ゴトンゴトンという水車のリズムとともに、40年続けてきた夫婦2人での仕事。無駄な動きは一切なく、休むことなく動き続ける。
 緑豊かな山道と、夏には渓流に蛍が飛び交う八女市上陽町。その奥深い場所で「馬場水車場」を営む馬場猛さん、千恵子さん夫妻は、水車の動力を利用して杉の葉を粉砕し、線香の原料となる杉粉を製造している。
 八女地域において明治末期から昭和50年代にかけて盛んであった杉の葉の製粉業。当時は40軒以上もの水車場が稼働していたそうだ。しかし動力は水から電気へ、線香の原料は国産よりも安価な輸入ものへと変化し、現在稼働する水車場は馬場水車場を含めて2軒のみとなった。
 大正7年に地元の有志によって建設され、後に猛さんの父親が敷地ごと買い受けた馬場水車場。猛さんが引き継いだのは昭和36年のことだ。
「今動いている水車は平成20年に再建したものです。水車の寿命は約20年。いつまで続けられるか分からないことや、安全性を考えれば、電力に変えた方が良いんじゃないかと私は考えていました」と、猛さんとともに水車を守ってきた千恵子さんは語る。再建の折、猛さんは61歳。いつまで続けられるだろうかと悩みながらも、猛さんは水車の再建を選んだ。
「生まれた時から水車の“ゴトンゴトン”という音を聞いてきました。幼い頃は子守唄代わりに、大人になった今ではその音に癒されて生活しています。時勢に合っていなくても、水車には水車にしかない魅力があるんです」


15本の杵を動かすのに、水車の動力が使われている。杵はそれぞれ微妙に回転しながら杉の葉をついていき、23時間で杉粉に。電力でついたものよりもやさしく、きめ細やかな粉になるという。


長い年月で培われた、何ひとつ無駄のない作業

 直径5.5m、幅1.2mの水車は、上流から流れ落ちる水を毎秒200ℓの勢いで汲み上げる。その動力を利用して15本の杵を動かし、23時間かけて杉の葉を粉にしていく。
 1日に製粉する杉の葉はおよそ400kg。木材業者が建築材として杉を伐採する際、連絡を受けて材料を集めに山へ向かう。そして細かく裁断した杉の葉を火室に入れて乾燥させ、杵でついていくのだ。ひとつの工程が終わるごとにその場を掃除し、こぼれ落ちた杉の葉も杉粉も一切無駄にしない。火室を暖めるためには蒔だけではなく廃材も燃やし、残った炭はご近所さんが、バーベキューをする際にもらいに来るそう。1日の仕事は翌日の作業に使う杉の葉を準備して終了だ。長年培われた仕事のサイクルはずっと変わらない。
「ただただ同じことを繰り返す仕事です。忍耐ですよ」と、千恵子さんは笑う。
 しかしひとつの作業の遅れは工程にズレを生み、翌日の作業、翌々日の作業にまで影響を及ぼす。水車は増水したり回転を止めるとズレが生じるため、常に気をつけていなければならない。気の抜けない作業の中、2人は何も言わずとも、あうんの呼吸でたんたんと仕事を進める。
「2人で1人前の仕事なんです。どちらかが倒れれば続けることは出来ません」
そう、猛さんはしみじみと語った。

自分の仕事に誇りを持つということ

 決して楽ではない、馬場さんたちの仕事。自然の力を用いるが故に、危険と隣り合わせでもある。
「これしか出来ないから、続けてこれたんです」と猛さんは言うが、誰もが出来る仕事ではない。15本の杵で粉砕された杉粉は粒子が細かく、作業をしていればあっという間に杉粉まみれにもなる。
「昔はきつい、汚れる、危険ということで3Kと言われてきた仕事です。でも私は誇りを持っているから、恥ずかしいなんて思わない。だから杉粉のついた作業着でも取材を受けるし、テレビにだって出るんです」
 そんな馬場さんの誇りを形にしたのが、「馬場水車場のお香」である。
「天然の杉粉とタブ粉で作った、混じり気のない自然のお線香です。もちろん香料も着色料も使っていません」
 火をつけるとすうっと煙が立ちのぼり、杉そのの香りが辺りを包む。目を閉じれば水車の音さえも聞こえてくるようだ。混じり気のない、嘘のない仕事。そこには長年積み上げてきた夫婦2人の時間と、自然を愛するが故に天然にこだわる、猛さんの真っすぐな心があるのだった。



杉の線香ができるまで

断裁/製粉する前々日に集めた杉の葉を細かく断裁しておき、火室に入れ十分に乾燥させる。
製粉/およそ60kgの杵で乾燥させた杉の葉、つなぎであるタブの葉をついていく。
調合/杉粉、タブ粉、水を調合してこねる。タブの葉の粘り成分で固形に。
成形/調合したものを成形機に入れると、棒状に押し出されてくる。太さは3種類。
乾燥/火室に入れ、十分乾燥させる。夏は1〜2時間、冬は2〜3時間ほどで完成。
出来上がり/無香料、無着色のお線香は完全に天然の杉の香りのみ。防虫効果もあるそう。

柵の向こうに直径5.5m・幅1.2m、毎秒200ℓの水を勢いよく汲み上げる水車が見える。馬場水車場の建つ土地の地形に合わせて作られている。

火室からパイプを使って送られてきた杉の葉を、均一にならしていく。

火室は2段になっている。下の段を空にしたあと、前日から乾燥をさせている上の段の杉の葉を落とし、もう1日乾燥させる。これが翌日の材料になる。

「化かさない、自然そのものの素材で」と、自分の納得出来る割合で配合し作ったお線香。林業と水資源が密接に関わった商品である。

Profile

馬場水車場/馬場猛(ばばたけし)・千恵子(ちえこ)夫妻
杉の葉の製粉、販売とともに自らお線香を作り、「馬場水車場のお香」を販売。WWF(環境保全団体)登録商品として通信販売も行なっている。見学の際には事前予約が必要。
住/八女市上陽町上横山1241-2 問/0943-54-3586

写真=石川博己 文=柳田奈穂