筑後地方の空の、風の、緑の色。
育まれた土地の空気を含んだ心地のいい布、久留米絣。

朝、明るくなってきたら仕事をはじめ、
太陽が昇りきってしまう前に外での仕事を済ませる。
変わらない仕事のリズム、長年大切に使い込まれてきた道具。
工房には代々積み上げられた技術と、
受け継がれたものの新たなる歴史が重なり合っています。

リトルプレスではこれまでたくさんの人に出会い、
その世界観を紹介してきました。
また、私たちの暮らす、福岡県に残る伝統の手仕事にも注目してきました。
土地の風土が反映された手仕事には手間と時間、多くの工夫がつまっています。
一から十までメイドインジャパンなもの。“福岡産”という誇り。
今回は筑後地方を中心に200年以上ものあいだ作られてきた、久留米絣を特集。
vol.15,16にわたり、久留米絣の歴史と魅力、携わる人々をご紹介していきます。


母は娘に、娘は母になり今度は自分の娘に。
家の仕事として受け継がれた技術が、伝統を作っていく。

200年以上の歴史を持つ久留米絣は、江戸時代中期の1800年頃より、農家の副業として発展していきました。九州一大きな筑後川の側では綿の栽培が盛んに行なわれ、大陸との接点も近かった筑後地域では、染めや織の技術もいちはやく浸透していたといいます。
もともと絣はインドやタイ、カンボジア、インドネシアなど東南アジアを経て日本へと伝わった技術で、「イカット」と呼ばれるもの。この言葉は現在、絣を表す世界共通の染織用語として使われています。たて糸とよこ糸で柄を表現する織物は数多くありますが、その中でも日本三大絣の一つに数えられ、柄の緻密さと群を抜いて高い技術力を持つ久留米絣。考案したのは、1人の少女でした。

織機が嫁入り道具だったころ

井上伝。彼女なくして、久留米絣の歴史を語ることはできません。世紀を超えてもなお愛されるテキスタイルを作ったのは、当時13歳の少女。
米屋の娘として生まれた伝は、その年にしてすでに一人前の織手として木綿を織っていました。機織りは女性の内職として最適とされ、どの家庭からも機を織る音が聞こえていた時代です。
あるとき彼女は自分の衣服にできた斑点に発想を得て、たて糸とよこ糸を組み合わせた「飛白」という模様の絣織を発案します。その美しい絣はたちまち評判になり「霜降織」「霜織」などと呼ばれ親しまれるようになりました。
結婚、出産を経ても向上心を持ち続けた彼女は28歳になり、「阿伝加寿利」として久留米絣を販売。40歳になるころには3400人を超える弟子を抱え、そのうちの400人が各地に散らばり技術を磨き、更なる工夫を重ねたことで久留米絣は筑後地方を代表する特産品となったのです。
家族の着物を織り、もんぺを織り、布団を織り、解いてはまた繕ってー。通気性に優れ生地も強く、洗えば洗うほど柄が冴え美しくなる藍染めの絣は重宝され、母は娘に、娘はまた、自分の娘に、絣とその技術を伝えていきました。
家の仕事として受け継がれてきた技術は今では伝統になり、高価な反物として扱われるようになった久留米絣。しかし、本来の“普段着”という部分にその魅力はつまっています。

タフでかわいい、良くできた布

久留米絣は綿素材の織物。その特徴は、夏は涼しく冬は暖かいということです。そして、着れば着るほど馴染み、肌ざわりが良くなること。
綿繊維は吸湿性に優れているため、生地の内側と外側に温度差が生じると、内側の水分を吸いとって外側へと発散しようとする性質があります。その際に気化熱を奪い全体の温度を下げるので、涼しさを感じることができ、通気性も良いため心地よく着ることができるのです。
では、なぜ冬には暖かく着れるのか?それは繊維の構造上、中心部がマカロニのように空洞になっているので、内側の熱が放出されにくいという特徴があるから。
そんな綿素材の特性に加えて、たてよこで織った繊維は洗濯にも強く、破れにくくてとても丈夫。今でも農作業着として、農家の人々に「もんぺ」として愛用されています。昔から久留米絣はもんぺに最適なタフな布として使われ、また、控えめながらもお洒落を楽しむことができる布として、市井の人々から愛されていたのでしょう。

太陽の光を浴びて、風に吹かれて

約3ヶ月、30工程を経て完成する久留米絣。反物が織上がり、湯に通して生地を収縮し色を定着させたら、最後は天日干しで仕上げます。天日干しは生地へかかる負担も少なく、仕上がりはからりとハリがあり、絣の風合いを最大限に引き出す効果があります。また、太陽光には殺菌効果もあるのだとか。昔ながらの仕上げ方法です。
その他にも久留米絣の製造工程には、外で行なうものがいくつかあります。一度に仕込む反物数は工房によって違いますが、およそ8〜24反分。経糸の長さは100〜300mにもなります。糸を防染して柄を出す「括り」の括り糸を解く際、糸のまとまりを強くするため薄く溶いた糊に浸す「荒糊」という作業の際には、糸を引っ張ってテンションを一定に保つ必要があるため、外で作業をすることになります。各工房で仕込みの反物数が変わるのは、敷地の長さに応じて生産できる量が変わるからです。
春や秋はいいとしても、夏・冬の屋外での作業は重労働。暑さ寒さに加えて突然の天候の変化にも気をつけなければなりません。なので、絣の工程はいつも空とのにらめっこ。雨が多いと作業ができない日も出てくるのです。
晴耕雨読とはいきませんが、自然のリズムと密に関わっている昔ながらの作業の仕方。太陽の光をたくさん浴びて、風に吹かれて。それはまるで植物の成長のよう。目には見えない部分でも、それが久留米絣に豊かな風合いを与えているように思います。


経糸の準備を行なう「整経」。ここで必要な本数を割り出す。

染色した糸を薄く溶いた糊に浸した後、一定のテンションで伸ばしながら乾かせる。こうすることで糸の収縮を少なくし、同時に糸のねじれもとっていく。糸束を物干台にかけながら、何往復も。

製品になった際の洗濯による縮みや色落ちを防ぐため、織り上がった反物を湯に通し、生地を収縮させ色を定着させる。

天日干しした生地は、干したてはふんわりと、時間が経つとからりとハリが出る。綿の素材感を生かした仕上がり。


写真=石川博己 文=柳田奈穂