たて糸とよこ糸が織りなす緻密な柄と微かなにじみ。
久留米絣をつくる人々。

織屋から聞こえる織機の音。
織機は威勢のいい音をたてて、着々と絣を織り上げていきます。
繰り返し上下する綜絖と絶え間なく左右を行き来するよこ糸。
それは何十工程、約3ヶ月もかけた、
たくさんの人の手を介した作業の集大成、仕上げの音です。

リトルプレスではこれまでたくさんの人に出会い、
その世界観を紹介してきました。
また、私たちの暮らす、福岡県に残る伝統の手仕事にも注目してきました。
土地の風土が反映された手仕事には手間と時間、多くの工夫がつまっています。
一から十までメイドインジャパンなもの。“福岡産”という誇り。
今回は筑後地方を中心に200年以上ものあいだ作られてきた、久留米絣を特集。
vol.15,16にわたり、久留米絣の歴史と魅力、携わる人々をご紹介していきます。


何百本もの繊細な糸が、少しずつ柄を成していく。
切れないように、絡まないように人の手を介しながら。

 あられ柄、市松柄、幾何学紋様に花柄。経糸と緯糸が織りなす柄の、プリントとは違う特徴。それは微妙な柄のにじみ、かすれです。曖昧に浮き出すような柄は素朴であたたかみがあり、かすれは生地そのものに奥行きを出しています。
 全国に「絣」と呼ばれる織物がありますが、その中でもとくに柄のバラエティに富んだ久留米絣。最近ではフルーツ柄やレンコン柄、ビビットな色を使った縞柄など、ポップな表現も増えています。その特徴的な柄は、いったいどのような工程を経て織り出されているのでしょうか。

予想できない“かすれ”の味わい

 約3ヶ月、30工程を要する久留米絣。その作業のほとんどが、織機に糸をかけるまでの下準備に費やされます。経糸に使用する糸の数、およそ900本が長い工程のあいだに切れたり、絡まないように、柄がずれてしまわないようにと、さまざまな工夫がされています。 
 柄のデザインが決まり、まず最初に行なうのは「整経」という作業。柄に応じた経糸・緯糸の本数と配置を割り出し、使用する糸を準備します。柄は専用の図案用紙に描かれ、経を「羽数」緯を「行数」という数え方で計算。図案はいわば絣の設計図です。
 そして、図案に応じて正確に糸束を縛っていく「括り」。染色の際に染料が染み込まないように、柄になる部分を糸でしっかりと括ります。経糸・緯糸どちらを括る際にも伸縮率を考慮する必要があるのですが、特に緯糸は伸縮が激しいので注意しなければなりません。伸縮率の計算を誤ると織り上げた際に柄がずれてしまいます。反対に、括りが正確であるほど柄が際立ち美しい絣となります。
 経糸のみを括って柄を表現する絣は「経絣」、緯糸のみで表現するものは「緯絣」、双方の糸を括って柄を表現するものを「経緯絣」といい、経緯絣は双方の柄を合わせて織らなければならないので、より高度な技術が必要とされます。しかし、どれほどの技術を持っていても30工程の間には少なからず糸のズレが生じ、そのズレこそが完成した際の、柄の微かな“にじみ”や“かすれ”となって生地に奥行きを与えているのです。

美しい日本と、日本人の色

 柄の魅力を引き出すには、染色も重要な工程のひとつ。久留米絣には藍染めと化学染料があります。
 伝統的な絣の染色方法である藍染めは、古くから植物染料として日本で栽培されてきた「藍」を使用します。藍を刈り取り乾燥させ、水を加えて3ヶ月ほど寝かせて醗酵させたものが「すくも」という藍染めの染料。この「すくも」を更に3週間ほど醗酵させたもので糸を染色していきます。
 “藍は生きもの”といわれ、温度管理や醗酵具合の調節など、こまめに世話をしなければなりません。染まり具合が悪くなると「藍が疲れてきた」といい、石灰を加えて温めてあげます。手間をかけた分良くなることもあれば、うまく行かないこともあり、そんなところさえも「おもしろい」と職人はいいます。
醗酵が進んだ藍は金色がかった飴色になり、藍が空気に触れて酸化すると、美しい藍色に。白と藍色の濃淡で織りなす表現には、日本人ならではの繊細な美的センスがうかがえます。
 藍染めは伝統工芸品としての価値を久留米絣に与えますが、一方で普段着としての魅力を与えてくれるのが化学染料。藍染めよりも安価で染色堅牢度にも優れているので、普段着としての絣にぴったり。プリントにはない、日本人ならではのカラフルな布は、日本人が見てきた四季折々の色のようでもあります。

手間と時間が集結した、1枚の布

 括りや染色は職人の仕事。職人には男性が多いのですが、機を織るのは女性の仕事です。この道40年以上というおばあさんもいれば、「絣が好きだから」という若い女性の姿も。1000本近い糸を柄の通りに並べたり、1本1本綜絖に通すという作業は、やはり根気強い女性の方が得意。皆たんたんと、正確に作業を進めていきます。
 手間と時間と、それぞれの技術が集結した1枚の布。それはたくさんの人の手を介して完成されていました。そして、これは裏を返せば、職人が欠ければ生産も難しくなるということ。事実、反物の生産数の減少にともない、職人の数も減っています。最盛期には年間200万反あった生産量は今では10万反に、絣の重要な工程である括り職人は、約30人が5人ほどになってしまいました。織機や専用の機械も現在では製造していないものが多く、人も機械も、後継者不足が悩みのタネなのです。
 ファストファッションが主流の現代にはミスマッチのように感じられるかもしれない、地道な作業の一つひとつ。しかしそれが、緻密な柄と豊かな風合いを、色とりどりの美しい布を作っているのです。今日も筑後地方に響く織機の音。働きものな人々。手のひらの温もりに育てられた技術は、やはり人の手によって受け継がれていかなければなりません。


絣専用の図案用紙。経糸と緯糸の配分や配置を計算し、羽数を記入する。

「括り」をした糸は輪にして束ね、全体をねじってまとめる。こうすることで染料、糊が浸透しやすくなる。

藍がめに静かに糸を浸し、ゆっくりと引き上げる。絞った糸を染め場の窪みでたたき空気を含ませ、括りのきわまで染料を染み込ませる。

織機に経糸をかけるために、絣糸と地糸を柄に合わせて着尺の巾に並べる。


写真=石川博己 文=柳田奈穂